プロジェクト研究

高速走行軌道実験設備

航空宇宙機システム研究センターでは,実機サイズの模型を地上に敷設した軌道上において高速度で走行させ,エンジンの推進特性や機体の空力特性を試験する高速走行軌道実験装置を整備しています.このような設備は陸上において安価なコストで実サイズの試験を可能とするものであり,米国ではその有用性が広く認められています.(米国ではロケット・スレッド;Rocket Sledと呼ばれます)宇宙船ジェミニやスペースシャトルの開発においても利用された経緯があります.一方で,我が国ではこの種の本格的な試験設備は未だ類例がありません.高速走行軌道実験装置において最高走行速度をマッハ2.0程度にするには,最終的に全長3km程度の直線の軌道が必要です.フルスケール軌道の実現に向けて各種基盤技術を実証しています.

300m軌道
室蘭工業大学高速走行軌道実験設備(北海道白老町)

段階的に建設される軌道設備諸元

  軌間 全長 最高速度 完成年度
サブスケール軌道 0.130 m 100 m 130 km/h 2008年12月
フルサイズ軌道 1.435 m 300 m 405 km/h 2009年10月
フルスケール軌道 1.435 m 3 km 2600 km/h 計画中

高速走行軌道実験設備の利用形態

1・ 航空宇宙機の高速環境下での空力特性の把握

通常,航空機の開発過程では,風洞と呼ばれる送風装置の中に設計した機体の縮尺模型を入れ,上流から風を吹き付けて空気抵抗や浮く力(揚力)を調べる実験を行うことが一般的です.しかしながら翼面の摩擦抵抗や翼のたわみ(弾性変形)などの影響については縮尺模型では正確なデータが得られないこともあり,実寸大での試験が極めて有用です.高速走行軌道実験装置では実寸大の実機をそのまま搭載し,低コストで空力測定を行うことを可能とします.

2・ 地面効果特性の検証

離着陸時には地表と翼との間を流れる空気の効果により,航空機の運動は極めて予測しづらくなります.これを一般に地面効果(ground effect)と呼びます.一般に,飛行機の飛行高度が翼幅の半分程度になると地面効果の影響が強くなります.風洞を用いた試験では,トンネルの床面と機体模型との間にはそもそも相対速度が発生しないため,床面に回転ベルトを設置して地面効果を発生させます.しかしながら実際の影響を正しく予測することは難しく,このような分野においても高速走行軌道実験装置を用いた試験が極めて有用です.高速走行軌道実験装置では実際の飛行条件と全く同じように地面との相対速度が発生しますので,航空機の地面近くでの挙動を正しく予測できます.
室蘭工大航空宇宙機センターでは超音速実験機に対してダブルデルタ翼を採用していますが,これは超音速領域での効率の良い飛行に適している反面,低速着陸時の挙動は不安定であり,着陸失敗を起こしやすい形状です.超音速実験機の離着陸速度は時速200-300km程度であり,この速度域での地面効果の解明にはフルサイズ高速走行軌道実験設備の利用が最適です.

3・ 高速で運動する機体からの分離・射出試験

高速・超音速で走行する物体からの分離・射出試験は母機との空力干渉を初めとする様々な不確定要素を含んでおり,実際に試験を行うことが極めて重要です.米国で最も高速走行軌道実験装置が用いられる用途がこの分野です.非常脱出用の射出シートや,パラシュートの分離が正常に行われるかどうかなどがテストされます.二段式超音速機の分離試験なども興味深いテーマです.

4・ 航空宇宙機の構造空力問題の解明

超音速機では,ある速度になると翼がばたばたと振動して破壊に至るフラッター現象と呼ばれる問題が起こることがあります.これは翼の面積や形状,重量,胴体へのとりつけ方に依存しますので,実寸大の実機でなければ正確に予測することはできません.米国では超音速機の開発フェーズにおいて高速走行軌道実験装置を用いたフラッター試験を行うことが古くから一般的に行われています.我が国で開発された超音速機も米国の高速走行軌道実験装置を借用した試験が行われています.フラッター現象が起こるような設計では翼はたいてい破壊に至りますので,この種の試験は風洞で行うことは出来ません.高速走行軌道実験装置では周囲がオープンな環境であり,低リスクでこのようなデストラクティブ・テストを行うことが出来ます.

5・ 航空宇宙機の空力デバイスの検証

一般的な航空機ではエルロン,ラダー,エレベータと呼ばれる3つの動翼を操作することで旋回や上昇・下降の操縦を行います.超音速機ではエルロンとエレベータが合体したエレボンと呼ばれる動翼が用いられます.現在,世界中の研究機関で航空宇宙機の操舵を行うための新しいデバイスのアイデアが生まれ,日々研究されています.一例としては,僅かな突起の出し入れで翼の剥離点を決定し,揚力を変化させるようなデバイスや,翼面にプラズマを発生させて揚力をコントロールする装置などがあります.このような新しい空力デバイスは未だ研究段階ですが,やはり実スケールでの検証が欠かせません.また,雨中や氷点下で着霜が起こるような状況でも,このようなデバイスは正しく動作する必要があります.このような分野に対しても高速走行軌道実験装置は低コスト・低リスクでリアルな実験環境を提供します.

6・ 航空宇宙機の航法装置の検証

科学実験に使われる航空宇宙機では,非常に速いスピードですれ違う,または接近する物体を正しく捕らえるセンサが搭載される機会が多くあります.一例として,NASAの火星探査機に用いられたレーザーセンサーは高速走行軌道実験装置を用いて(様々な形状の)火星表面に接近するときの状況をテストしました.

7・ 航空宇宙機エンジンの高速実証

エア・ターボ・ラムジェットエンジンや,パルス・デトネーション・エンジンを初めとする新しい種類のジェットエンジン,ロケットエンジンが各地で研究されています.地上固定スタンドでの試験を行った後,ただちに飛行試験を行うことは大きなリスクを伴います.エンジンが停止したり,所定の推力が得られなかった場合,落下・全機破壊の可能性が高いからです.高速走行軌道実験装置では,速度と動圧の双方の要求を同時に満たすことは出来ません(常に地上大気状態です)が,高速走行の実証やデモンストレーションを行うことが可能です.

8・ 衝突破壊実験

原子力発電所などでは,万が一航空宇宙機が衝突した際にも耐えられるような壁設計が必要です.衝突物体の破壊力は使用している材料の硬度や,運動エネルギーから計算されますが,実際には複雑な要素が様々に影響し,検証は容易ではありません.高速走行軌道実験装置ではこのような衝突実験に対しても広く用いられています.