SEM入門
ここでは、SEMの操作方法を学ぶ予備知識のためにSEMの原理について必要最低限の内容にとどめています。各装置の利用者講習は別途受講し、得られた像の解釈や解析方法は各自の研究分野の知識をそれぞれの研究グループで学習して下さい。
1 電子顕微鏡の仕組み
1.電子顕微鏡の構成
電子顕微鏡も光学顕微鏡と同様に光源やレンズなどから構成されています。光学顕微鏡 | 電子顕微鏡 | |
光源 | フィラメント等 | フィラメント等 |
観察に利用する光 | 白色光等 | 白色光 |
レンズ | ガラス等 | 磁石 |
検出器 | 肉眼/CCD等 | 蛍光板/電子検出器等 |
2.電子顕微鏡の光学系
光学顕微鏡、透過型男子顕微鏡(TEM)、走査型電子顕微鏡(SEM)の光学系の模式図を下図に示しました。電子顕微鏡では光学顕微鏡の光(可視光線)の代りとして、電子線を用います。透過型電子顕微鏡(TEM)
透過型電子顕微鏡(以下 TEM)は、収束させた電子線を薄くした試料を透過させ、それを対物、中間、投射レンズで拡大して蛍光板上(電子線を可視光に変換する板)に結像します。
走査型電子顕微鏡(SEM)
一般的な光学顕微鏡やTEMでは、観察視野全体を照らす光を使い視野全体を一度に観察しますが、走査型電子顕微鏡(以下 SEM)では細く絞った一本の電子線で視野を走査します。
試料に電子線が当たると、その部位から形状に応じた2次電子が発生します。検出器でこの2次電子の数をカウントすることで試料の形状を観察します。
2 電子線発生の仕組み
1.電子銃の種類と仕組み
電子顕微鏡において光学顕微鏡の光源(ランプ)に相当するものが電子銃です。電子銃には大きく分けて2つの種類があります。熱電子銃 | 電界放出電子銃 | |
光源(電子源)の材料 | タングステンフィラメント | タングステン結晶 |
光源の大きさ | 20um | 5~10nm |
輝度(A/sr/cm2) | 104 | 108 |
必要な真空度(Pa) | 10-3 | 10-8 |
寿命(h) | 50~100 | 1000~5000 |
a.熱電子銃
動作に必要な真空度が低く、手軽に使用できるため広く普及しています。
熱を利用して電子源から電子を取り出すため「熱電子銃」と呼ばれています。
いわゆる「汎用SEM」に搭載されている電子銃はこのタイプになります。
(熱電子銃の仕組み)
金属を加熱すると、熱エネルギーによって「自由電子」が金属表面より放出します(熱電子)。放出した電子に電場をかけて加速すると電子の流れができます。この電子の流れが「電子線」です。
このように加熱フィラメントを利用した電子銃を「熱電子銃」呼びます。
※実際には無数の電子が束になって電子線を構成しています。
実際に使われている電子銃フィラメントの先端(電子源)を下の写真に示します。一般的なSEMに用いられる(a)のWフィラメント型は加熱されるため高融点金属であるWなどが用いられています。一方、冷陰極式の(b)電界放出型(FE: Feild Emission)はWフィラメントの約1000倍の高輝度が得られ、1nm以下の極めて小さい電子スポット径を実現できるため、FE-SEMなど高分解能用SEMに用いられます。b.電界放出電子銃
電界を利用して電子源から電子を取り出すため「電界放出 (Field Emission)電子銃」と呼ばれています。
光源のサイズが小さいためよりビームを細く絞れる点、輝度が明るいためS/N比の高いきれいな観察像が得られる点で優れており、このタイプの電子銃を搭載したSEMはFE-SEMと呼ばれています。主に10万倍以上の観察が可能です。
たいへん性能の良い電子銃ですが、その反面、動作に必要な真空度が高く、常時電源を入れポンプで真空度を維持しておかなければならない点や、高倍率で観察するためには振動や飛来する電磁波の対策も必要など、設置する環境も高いレベルが求められます。
(電界放出電子銃の仕組み)
電界放出電子銃では、尖った金属の先端から電界(+)により電子を引き出しています。熱を使わないため「冷陰極」と称されることもあります。
2.電子線の波長
電子の波動性を考えた場合、電子線の波長λは加速電圧により変化します。λ(nm)=(1.5/V)^(1/2) (λ=波長、V=加速電圧)加速電圧が高いほど波長が短くなります。
例えば、20kVの加速電圧であれば、電子線の波長は約0.009nmとなります。 可視光域の波長がおよそ400〜800nmであるのに対して、電子線の波長がいかに短いか理解できます。後で述べる電子顕微鏡の分解能は、この波長が短い(加速電圧が高い)ほど高くなり、光学顕微鏡との大きな違いはここにあります。
3 電子線で観察する仕組み(SEM)
1.電子線と試料を構成する元素の相互作用
試料に電子線を照射すると、試料内を進む入射電子は、試料を構成する原子核や電子との相互作用により、進行方向が変化したり、試料から2次電子や特性X線を放出させます。試料に入射する電子のことを1次電子、1次電子からエネルギーを与えられ試料の原子から飛び出す電子を2次電子、1次電子が試料内部で進行方向が変わり試料から飛び出してきたものを反射電子と呼びます。
2次電子や特性X線を放出させることによりエネルギーの大半を失った1次電子は試料からアースに流れる吸収電子となります。
試料に電子線を照射して得られる信号の内、2次電子と反射電子は試料の表面状態のよって発生量が変化します。
SEMでは、この2つの信号を利用して試料表面を観察しています。
2次電子はエネルギーが非常に弱いため、数nmという試料のごく浅い部位で発生したもの以外は、試料の表面から飛び出してくることができません。
試料のごく表面から発生した信号しか検出できないため、逆に試料の表面を正確に観察することができます。
2.試料の傾きと2次電子発生量の関係
2次電子の発生量は電子線が入射される面の傾きにより変化します。2次電子の発生量は電子線が試料に垂直に入射されたときが最も少なく、試料に限りなく水平に近いときが最も大きくなります。
この仕組みを図で示すと下図のようになります。 先にも述べましたが、2次電子は非常に微弱な信号のため、試料のごく浅い部位で発生したものしか試料表面から飛び出すことができません。
この「2次電子が試料表面から飛び出すことのできる深さ」を仮に「2次電子脱出可能深さ」と呼びます。
試料に対して垂直に電子を照射した場合、試料表面までの最短経路は1次電子の経路と一致します。そのため「2次電子脱出深さ」より深いところで発生した2次電子は、試料表面から飛び出すことができません。
試料に傾きがある場合、試料表面までの最短経路は1次電子の経路上から試料表面に向けて垂直に伸びる経路となります。 このため、試料が水平な場合に比べて、より深いところで発生した2次電子も試料表面から飛び出してくることができます。 これにより
=(2次電子の発生量が多い)
観察像がざらついて見難いときには?観察像がざらつく原因の一つとして、試料からの2次電子発生量が少ないことが考えられます。 |
3.試料の表面形状による2次電子発生量の変化
下図は試料の形状による2次電子の発生量を模擬的に示したものです。このように2次電子の発生量は傾きの大きいところで多くなります。
SEMの観察像では、2次電子の発生量が多いところほど明るく(白く)見えます。
視野全体を走査して得られた信号を走査した順番に並べることでモニター上に観察像が表れます。 SEMの観察像では2次電子発生量を濃淡で表現しています。
4 SEMが高い倍率で観察できる理由は?
1.観察ビームのスポット径が小さい
SEMの観察できる限界は、主に電子線のスポット径で決まります。電子線のスポット径は大雑把にいうと
d=MdSの式で表されます。
(d=スポット径、M=レンズ系全体の総合倍率、dS=光源の大きさ)
(実際には、レンズ系の球面収差、色収差、回折収差によりスポットが拡がりますので、この式よりも大きくなりますが、ここでは詳細な式の説明は割愛します。)
光源の大きさは、電子銃の方式によって決まり、熱電子銃なら20um、電界放出電子銃なら5~10nmです。 レンズ系全体の総合倍率は熱電子銃を搭載する一般的な汎用SEMなら5000倍程度となり、スポット径を数nm程度まで絞ることができます。
(ds:20um×M:1/5000=d:4nm)光学顕微鏡でも細かく絞ったビームで試料表面を走査し観察像を得るタイプの顕微鏡があります。 このタイプの顕微鏡で可視光領域で最も短い紫の波長を利用した場合でもそのスポット径は数umと、約1000倍大きくなります。
下図は可視光と電子線で表面を走査したイメージ図です。
SEMは、このように非常に細く絞った電子線で表面を走査することにより、
=(高い倍率で観察することができる)
高倍率で解像度良く観察したいときには?(その1)
SEMにはスポットサイズという調整項目があります。これを調整することで電子線のスポット径を変えることができます。 |
2.観察ビームの波長が短い
観察能力は観察に使用する光の波長によって規定され、一般的にその波長の1/2以下のものは観察できないとされています。一般的な光学顕微鏡は観察光に白色光を使用しています。白色光の波長は400~700nmですので、300nm程度が観察できる限界となります。
一方で電子線の波長は、先程の λ(nm)=(1.5/V)^(1/2) という式に当てはめると
加速電圧 20kV≒0.0087nmとなり、白色光に比べて非常に短く、細かいものの観察に有利なことがわかります。(ただしこの説明はTEMでどれだけ細かいものが観察できるかという説明になりますが、SEMの観察能力を説明するものではありません。)
加速電圧 1kV≒0.039nm
波長の短さのSEMにおける大きな効果は、スポット径を小さくできることです。
スポット径を決める式としては、先程のd=MdSという式以外に
w=4*λ*d/(π*w0)という式があります。
(w=スポット径 λ=波長
d=レンズの焦点距離 π=円周率
w0=レンズに入射するビーム径)
d=MdS という式は、光源をどれくらい絞り込むかという式になります。
一方の w=4*λ*d/(π*w0) という式は、光を1点に絞り込もうとした場合、絞りきれずにどれだけにじんでしまうかを表した式です。
w=4*λ*d/(π*w0)という式から
・λ(波長)は、短いほどw(スポット径)が小さくなる。の3点がわかります。
・d(焦点距離)は、短いほどw(スポット径)が小さくなる。
・w0(レンズに入射するビーム径)は、大きいほどw(スポット径)が小さくなる。
SEMは電子線の波長が短いことで光を絞り込む際のにじみも小さいくなり、よりスポット径を小さくできることがわかります。
高倍率で解像度良く観察したいときには?(その2)
波長を短くしたり焦点距離を短くするとスポット径を小さくすることができます。 |
5 SEMの観察能力
まずはじめにSEMの分解能、倍率の定義について紹介しましょう。1.SEMの分解能の定義
SEMは、試料の拡大像を観察するのに電子線を用いています。先述の通り電子線は光に比べ波長が短いため、光学顕微鏡に比べて、より小さなものまで見ることができます。 どれ位小さなものが見えるかを、隣りあって存在する2点を見分ける時、この2点間の最短距離を分解能という言葉で表わします。SEMの分解能は 0.5 ~ 4nmです(人間の目の分解能は0.1mmと言われています)。
2.SEMの観察倍率の定義
続いて観察倍率の定義ですが、こちらも分解能と同様に印画紙上での倍率を表示する習いとなっています。
外部発表や正式なプレゼン、論文に倍率の表示は不要?
卒論発表や学会で発表される顕微鏡写真で、よく倍率を記載したもををよく見かけます。しかし前述にあるとおり、倍率の表示はほとんど意味をなしません。(スクリーン上の写真や、無造作に示された論文紙面は、表示される倍率を正しくは示していない) |
3.実際の観察能力
SEMの装置自体が持つ観察能力は分解能になります。人間の目は0.3mmを見分けることができるといわれており、この0.3mmにSEMの分解能を当てはめた縮尺がそのSEMの持つ最大観察倍率の目安となります。 さらに観察倍率を上げて観察することも可能ですが、ぼやけた像をただ拡大するだけになります。
例えば分解能3nmのSEMであれば、これが0.3mmになるため観察倍率は10万倍となります。
0.3mm ÷ 3nm = 100000ただし実際に観察可能な倍率は、SEM自体の性能だけではなく設置環境にも左右されるので注意が必要です。
熱電子銃を使用する汎用SEMでは、床振動や飛来する電磁波を取り除くなどして条件を整えれば10万倍程度まで観察が可能です(分解能3nm)。
設置環境の対策を行わない場合は、一般的に3万倍程度といわれていますが、振動などの影響により、10nm以下の構造は見分けがつかなくなります。
電界放出電子銃を使用するFE-SEMでは50~60万倍がカタログスペックとなります(分解能0.5nm)。
こちらも設置環境を整えなければ汎用SEMと同程度の性能となる場合もあります。
※カタログに表記された分解能は「理想的な環境で実現される性能」から「ユーザーの一般的な環境で実現される性能」まで各メーカーごとにまちまちです。
6 被写界深度:SEMのピントの合う範囲が広いのは?
ここではまずピントがぼける仕組みから順番に見ていきましょう。1.観察ビームの絞り角
光学顕微鏡の対物レンズにはN.A.(開口数)の数字が記載されています。このN.A.はビームの絞り角を表しています。倍率が10倍の対物レンズではN.A.が0.3程度ですが、100倍の対物レンズではN.A.が0.95程度になります。
・N.A.が0.3の対物レンズのビーム絞り角
0.3(N.A.) = 1(n) × sin α
α = 17.5° ビーム絞り角(2α)=35°
・N.A.が0.95の対物レンズのビーム絞り角倍率が高くなりN.A.が大きくなると、ビームの絞り角が大きくなることがわかります。
0.95(N.A.) = 1(n) × sin α
α = 71.8° ビーム絞り角(2α)=143.6°
絞り角の大きなビームほど焦点距離(合焦点位置)から遠ざかるにつれてビームの広がりが大きくなります。
2.スポット径と観察像の関係
観察するビームの径により観察される像がどのように変化するかを模擬的に示したものが以下の図です。説明を簡単にするため、太さの異なるプローブ(針)で試料表面をなぞった場合に例えています。
このように試料の形状に対して太すぎるビーム/プローブで観察/計測すると、実際の試料よりも大きく、またなだらかな形状のデータを得ることになります。 合焦点位置から離れることで観察ビームのスポット径が大きくなり、このような現象が起こることがいわゆる「ピンボケ」です。
3.SEMのピントの合う範囲が広い理由(被写界深度)
光学顕微鏡では、一般的に対物レンズの倍率が大きくなるほどビームの絞り角が大きくなることは、「観察ビームの絞り角」の項で触れました。対物レンズの倍率が高くなるとビームの絞り角が大きくなるため、焦点距離から少しはずれただけでもビーム径が大きく拡がります
ビーム径が大きくなるとピンボケになる点についても、「スポット径と観察像の関係」の項で見た通りです。
上記のことから、ビームの絞り角が大きいとピントの合う範囲が狭いということがわかります。
SEMのピントが合う範囲が広い理由もこれまでの説明と同じく、
「SEMは観察に使用するビームの絞り角が非常に小さいため、光学顕微鏡と比較して格段にピントの合う範囲が広い」
となります。
では、SEMと光学顕微鏡でビームの絞り角を比べてみましょう。
SEMの1.15°に光学顕微鏡の143.6°とその差がおよそ125倍となります。
これによりSEMのピントが合う範囲は光学顕微鏡に比べて非常に広くなっています。
もっとピントの合う範囲を広くしたいときには?
観察距離を長くしてみることをお奨めします。 |
7 真空にしないと観察できない理由は?
SEMでは真空にしないと上手く観察できない理由が主に3つあります。1.電子銃の問題
電子銃には大きく分けて熱電子銃と電界放出電子銃がありますが、周囲に気体があるとそれぞれ別の問題を生じ、上手く動作しなかったり、寿命が非常に短くなります。電界放出電子銃の方がより高いレベルの真空度を要求します。
そのためこの電子銃を搭載したFE-SEMでは昼夜を問わず真空ポンプを稼働し真空度を維持する必要があります。
熱電子銃タイプのSEMでフィラメントが早く切れてしまうときは?
真空室の真空度が悪くなっていることが考えられます。 |
2.1次電子の問題
1次電子の経路に気体が存在すると、電子は気体の分子と衝突し進むエネルギーを失っていきます。その結果、試料に照射する電子の数が減り、観察に必要な2次電子や反射電子を得ることができません。
低真空SEMという真空度を落として観察するタイプのSEMがありますが、電子銃や1次電子の問題から試料室のみ真空度を低くしており、電子銃室やレンズ鏡筒内部は高真空に保たれています。
低真空SEMで観察像がきれいに出ないときは?
原因の一つとして観察距離が長くなっていることが考えられます。 |
3.2次電子の問題
通常のSEM観察に使用する2次電子は、1次電子に比べ非常に微弱なエネルギーしか持っていません。そのため試料室に気体があると検出器で検出することができません。そのため低真空SEMではエネルギーの強い反射電子を使って観察像を得ます。
反射電子とは?
試料に侵入した1次電子が、試料を構成する元素との相互作用により進行方向が変わり、試料から再び飛び出した電子のことをいいます。1次電子と試料を構成する元素との相互作用を「散乱」と呼びます。
「散乱」の中でも、電子がエネルギーを失わない散乱を「弾性散乱」、2次電子や特性X線を発生させてエネルギーを失う散乱を「非弾性散乱」と呼びます。
反射電子は、試料内部でエネルギーを失わない弾性散乱して「侵入した方向」=「後方」に進む電子を指します。
※反射電子=後方散乱電子=back Scattering Electron=bSE
このような主に3つの問題があるため、SEMに限らず電子顕微鏡では、電子銃室、鏡筒を高い真空度、試料室については観察に応じた真空度にしておく必要があります。
8 試料に蒸着が必要な理由は?
金属など導電性の高い試料を直接SEM試料ホルダに取り付ける場合を除いて、通常は試料表面に導電性膜(カーボンコートなど)を施す必要があります。ここでは、試料観察面に導電性を施す必要性について説明します。1.チャージアップはなぜ起こるのか?
SEMは観察するために試料に1次電子を照射します。1次電子は試料を構成する元素から2次電子を発生させたり、そのまま跳ね返って反射電子となって試料を飛び出します。仮に試料に1次電子を1つ照射し、その結果1つの2次電子、あるいは1つの反射電子が試料から飛び出してくれば、試料の電気的な状態は照射前と変わりません。
ところが実際は電子を1つ照射しても必ず1つの電子が試料から飛び出してくるとは限りません。 大半の場合は、1次電子の数よりも試料を飛び出してくる2次電子や反射電子の数の方が少なくなります。 この結果、試料には電子がだんだん増えていきます。
試料から電子が逃げ出す途がある導電体であれば1次電子は逃げていきますが、逃げ出す途がない非導電体であれば試料に電子がどんどん溜まります。
このように試料に電子が溜まった状態を「帯電」=「チャージアップ」と呼びます。
試料がチャージアップすると正確な観察ができないため、非導電性試料には導電性の膜を蒸着することで1次電子の逃げ道を作っています。
2.チャージアップによる影響
チャージアップすると観察像の一部が真っ白になったり観察像が乱れたりします。これらは試料の中に溜まった電子が1次電子の進行を妨げるために起こる現象です。
2-1.観察像の一部が真っ白になる
下の画像は試料の中に溜まった電子と1次電子が反発し、試料に当たる1次電子のスピードが遅くなる(加速電圧が見かけ上低くなる)ことにより起こる現象です。試料に当たる1次電子のスピードが遅くなると、試料から飛び出してくる2次電子の数が増えるため、他の部位より明るく(白く)観察されます。
a,2次電子の発生効率
2次電子は加速電圧が1kV以下の時に最もたくさん発生し、1kV近辺で1次電子と同じ数だけ発生します。
※最もたくさん発生する加速電圧や1次電子と同じ数だけ発生する加速電圧は試料ごとに~数100V異なります。
b.2次電子の発生効率が加速電圧により変化する理由
b-1.加速電圧による1次電子の飛程差
1次電子は試料の中をどんどん突き進んでいきます。突き進む中で試料を構成する元素から2次電子を発生させ、進むエネルギーを失っていきます。
やがて進むエネルギーを失い試料に吸収されてしまいますが、この吸収されるまでに試料の中で進める距離のことを飛程と呼びます。
この飛程の長さは加速電圧により変化しますが、加速電圧が高くなるにつれて、その1.3~1.5乗で長くなります。
例えば、加速電圧が1kVと5kVの飛程を比較した場合、5kVの方が1kVに比べて約11.2倍になります。
b-2.加速電圧による2次電子の発生個数差
一方、加速電圧が異なっても、2次電子を1つ発生させるごとに失うエネルギーは同じです。
加速電圧が倍であれば、倍の2次電子を発生させます。
例えば、先程と同様に加速電圧が1kVと5kVを比較した場合、5kVの方がエネルギーを失うまでに5倍の2次電子を発生させます。
b-3.2次電子脱出可能深さ内での2次電子の発生個数差
また2次電子は、「電子線で観察する仕組み」の項でご紹介した通り、エネルギーが大変弱いため試料の極々浅い部位で発生したものしか試料を飛び出してくることができません。
そのため、観察に利用できる(試料を飛び出してくる)2次電子をいくつ発生できるかは、2次電子脱出可能深さ内でいくつ2次電子を発生させるかということで決まります。
例えば、先程の1kVと5kVの比較で2次電子脱出深さを1kVの飛程と同じと考えれば、1kVでは2次電子が5つ飛び出してくることになり、5kVでは2つとなります。 実際には、1次電子が2次電子を発生させる間隔は、1次電子のエネルギーが高いときは広く、エネルギーが低くなるに従って狭まるため、試料を飛び出してくる2次電子の差はもっと顕著になります。
非導電性対象物を非蒸着で観察するには?
非導電性対象物を非蒸着で観察する手法としては低真空観察が一般的ですが、低真空観察では観察に反射電子を利用するため試料表面の微細な形状が観察できません。 |
2-2.観察像の一部が歪む
下の画像は試料の中に溜まった電子と1次電子が反発することで1次電子の進行方向が変わり、1次電子が試料の本来当たる場所からそれてしまうために起こる現象です。平坦な部分が盛り上がって見えたり、直線が曲がって見えるといった現象になり、通常は観察像の一部が白くなる現象と同時に見られます。
チャージアップにより観察像の一部が白くなっている場合は、その周囲の形状も本来の形状が歪んで観察されている可能性があるので注意が必要です。
2-3.試料とは異なる像が観察される
下の画像は試料の中に溜まった電子と1次電子が反発することで1次電子の進行方向が変わり、1次電子が試料に当たることなく試料室の天井などに当たることで観察される現象です。1次電子の当たった部位(試料以外)から発生した2次電子が観察されるため、試料とは全く異なった画像が観察されます。
9 観察像の明るい部分と暗い部分の違いは?
1.試料の傾きと像の明るさ
「電子線で観察する仕組み」の「試料の傾きと2次電子発生量の関係」でも触れた通り、試料の傾いた面ほど2次電子の発生量が多いため明るく観察されます。2.試料の粗さと像の明るさ
傾いた試料の方が2次電子の発生量が多いため、傾いた面の集合である荒れた面の方が2次電子の発生量は多く、明るく観察されます。ガラスなど平滑な面を持つ試料は2次電子の発生が少なく、SEMに取っては観察しにくい試料になります。
また同じ荒れた面でも、凹凸の深い方が面の傾きが大きくなるため明るく観察されます。
3.エッジ部:最も明るくなる場所
凸のエッジ部は観察像のなかで最も明るくなるポイントです。これは2次電子の脱出を妨げる試料が薄くなり、2次電子がたくさん発生するためです。
また凸のエッジ部が最も明るくなるのとは正反対の理由で、凹のエッジ部が最も暗くなります。エッジ部が鋭角になるほど、1次電子の経路上から試料表面までが2次電子脱出可能深さ以下となる経路が増える
‖
2次電子の発生量が多くなる
‖
観察画像で明るく見える
4.検出器の位置との関係
観察像は検出器の位置との関係でも、明るく観察されたり暗く観察されたりします。検出器に向かって下っている斜面は明るく観察され、検出器に向かって上っている斜面は逆に暗くなります。
検出器の位置を考えて観察像を見れば、観察している構造が凸か凹かを簡単に判別できます。
a.凸部と凹部の観察例
b.目の錯覚
下の2枚の写真は10円硬貨の同じ場所を観察した写真です。
丸や四角の構造は凹です。
左の写真は、右上に検出器がある写真です。そのため凹部の画面左側と下側が明るくなっています。
右の写真は、左下に検出器がある写真です。同様に凹部の画面右側と上側が明るくなっています。
それぞれの写真を見たときに、丸や四角の構造を凸あるいは凹と感じるかは人それぞれのようですが、写真のどの方向に検出器があるかを知った上で解析を進めなければ正確な結果を得られません。
検出器:右上 検出器:左下
参考文献
- 山形大学技術部 SEM利用者講習会テキスト
- Joseph I. GoldsteinDale E. NewburyJoseph R. MichaelNicholas W.M. RitchieJohn Henry J. ScottDavid C. Joy: "Scanning Electron Microscopy and X-Ray Microanalysis (3rd Edition)", Springer, 2018